12/10
なぜか昔から鞄を軽くするのが苦手で、特に大学に入ってからはパソコンを持ち歩くようになったからかうんざりするような重さになっている。
パソコンを持ち歩きたいのは「いざと言う時ないと困る」という自分の心配症のためなので仕方ないにせよ、たまに勇気を出してパソコンを家に置いていった日ですら鞄は重いのは解せない。
紙が重いらしいということはわかるんだけど、別に普段絶対に使う紙なんてものは持ってないので、悪さをしてるのはおそらくもらいっぱなしのイベントのチラシとかレジュメとかなんだろうな。見返しもしないのに持ち歩いてるのも心配症によるものなんだけど。
最近はなろう系小説をしっかり読んでいた。
「私、能力は平均値でって言ったよね!」っていう今アニメになってるやつで、アニメだと原作の序盤がはしょってあるらしい。
たぶん意識的にやってると思うんだけど作品内で「〜ので。」ってのが多くて、一時期のオタクのTwitterを見てるみたいだった。文章としてはちょっと外した表現でも、あれはあれで(自分は)すっと頭に入ってくるし、オタクが読むための文章ってそういうもんなんだろうな。
ただそれを差し引いても、たまに主語が行方不明になったりシームレスに話題が変わってたりして「お?」と思うことがあって、やっぱり商業誌やアニメになるって言ってもピンキリなんだなあと。面白くなりそうなので掘り下げてほしい話とか、本当にそんなことなるか…?みたいな部分も気にせず書き手のやりたいように進んでいくから、それに読む側が合わせないといけない。
その前に銀河英雄伝説を読み返していたので、二人の主人公、二つの勢力の物語を同時並行で進めていく田中芳樹ってやっぱすごいんだあ〜みたいに思っていた。本当に本読む人からしたらこの感覚も甘いのかもしれないけど。
ここ数年はなにか読むってなってもTwitterとか、長くてもちょっとしたブログ程度で、果てしないように見える文を読み進めていく楽しさみたいなのは思い出せた。本当は読むってこういうことでしたよね、なろう系でもいいから文章を読みたい。SNSは早くやめたい。
この間ふと思いついた、いつか大金を持った巨乳の女の子が自分を幸せにするために駆けつけてきてくれる、という妄想がどうにも捨てられない。56億7000万年後に徳を積んだちとせよしのが現れて俺だけ助けてくれたらいいのにね。
ぼんやりと 幸せになりた〜い 救われた〜い と思ってるだけでは仕方がないので、仮の幸せの基準として自分は1日1万円あれば誰にも迷惑かけないでそりゃもうかなり贅沢に生きられるだろうと思って計算をしたところ、
365日×40年(仮の余命)×1万円=1億4600万円となった。
い、1億ですか……?じゃあいいです、余命を30年にします
→1億950万。
あ、じゃあ1日8000円でいいです……
→8760万。
社会人の給料の仕組みってよく知らないんだけど、今思いつく範囲でも贅沢に生きたらこれだけお金かかるのか……
やっぱ、できるだけ苦労せず、その分慎ましく生きていこうな