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ちょっと前のある夜、出かけようと駅のエスカレーターに乗っていた時、反対側のエスカレーターに乗っていた男性が前の段に立つ女性のスカートの中にスマホのカメラを上向きにしてライトを照らしながら突っ込んでいるところを見かけた。

それがちょうどすれ違いざまだったので、僕は咄嗟に身を乗り出してその男性の腕を掴んでしまった。すると彼は驚いて僕の手を振り払って駅の外へと逃げ出していき、僕もなんだか追いかけねばと下りのエスカレーターを逆走して追いかけ始めた。


頑張って追いかけて行ったのだけど、これからの人生をかけて走る彼と「この後の予定の時間までまだあるから途中で丸亀製麺でも行きたいな」と思っていた僕では走りの本気度が違いすぎて、途中ちょっと服を掴みかけたりはしたものの、その距離は離されるばかりだった。

しかし、彼は逃げる途中で慌てたのか例のスマホを落としてしまったのだった。勢い余ってそのまま少し先まで走ってしまい慌てて戻ってきた彼と「最悪スマホさえ押さえれば」と拾い上げた僕で、今度はスマホの奪い合いになった。


場所は人通りがほとんどない住宅街、夜も遅い時間、かつその男性は縦も横も僕よりボリュームがある感じ。「何かされたら勝てないな」と思った。生まれてから今まで、ここまで身の危険を感じたことはなく、怖かった。

「なにやってるんですか!」と僕が言うと、彼は「いや、もう二度としないから」「ほんと、今回だけだから」と言いながらスマホを取り返そうとしてくる。

「いやダメですって、ちょっと駅戻りましょう!」となるべく人通りのあるところまで引っ張ろうとするが、彼は抵抗しながら「今回だけは見逃してほしい、お願いだから」と僕の目をじっと見て切実な様子で言ってくる。

しかし、「じゃあいいですよ」と逃すわけにもいかず、かと言って一対一でどうにかなる感じでもなかったので、「もうこの際暴れられても仕方ないか」と覚悟を決めて(これから自分よりでかい男に本気でボコボコにされるかもしれないと思うとまあまあの覚悟がいる)「すみません、誰か!」と何度か声を上げてみた。すると、近くの家から「どうした〜?」とおじさんが出てきて通報してくれて、10分ほどで警察が来ることになった。


警察を待つ間、近くの家のおじさんが一緒にいてくれたのだけど、その男性は先ほどまでのしおらしい態度とは打って変わって「この携帯に写真が残ってなかったらどうするんだ?」とか「もし間違いだったらお前が謝るんだからな?」とか、脅す方向にシフトしてきた。僕も怖くなってわけもわからず「すみません!」とか「ご迷惑おかけした分謝ります!」とか、ひたすら謝罪していた。何も知らない人から見たら僕が捕まったのかってぐらい情けなかったと思う。


なかなか警察が来ない中、やがて男性はタバコが吸いたいと言い出し、スマホを掴む手(警察の到着を待つ間、一応僕も男性もスマホをのそのそと取り合っていた)を片方離して鞄をまさぐり始めた。凶器を出してきたり火つけられたりもしかねないと思ったので、おそるおそる「タバコ吸うのは警察の人来てからにしませんか…?」と聞いたら「どうせ来たら吸えなくなるだろうが!」とごもっともな反論をされた。変に怒らせてしまうのもマズいと思い「じゃあどうぞ……」と言うと、男性は普通にタバコを吸い始めた。僕も不意の根性焼きからの逃亡に備えて副流煙をたっぷり吸いながら男性を見ていた。


その後は特に暴れることもなく警察が到着し、無事に引き渡して事情を話した後(現場では情報共有という概念がないのか、何度も話をさせることでこちらが言ってることの信憑性を確かめているのか、とにかく同じ話をいろんな警察官に20回ぐらいした)、後日あらためての現場検証を約束してその夜は1時間半ぐらいでことが済んだ。

後日、事情聴取で何度か警察署に行き、どういう状況だったか、被害者はどんな人だったか、どこでどう追いかけ、男性とどんなやりとりをしたかなどなどを話した。警察の人からはしっかり御礼を言われ、捜査協力の手当?として5,000円がもらえた。

 

ちなみに彼が撮っていた女性はそもそも盗撮に気づいていなかったようで、なおかつ僕も声をかける間も無く追いかけてしまったため、僕が一生懸命彼を追いかけていた時にはすでに現場を離れてしまっていたようだった。警察の人は困っていたけども、被害を受けたと知ること自体も大きな心の傷になると思うので、そういうこともなく普通の生活に戻れたのであればかえってよかったのかもしれないな、と思う。


そんな一件があってからしばらく考えているけど、僕とその男性が果たしてどれだけ違うのかというと実はそんなに差がないような気がしている。

僕も駅で前の段にいる女の人のケツを「デカいな〜」とか「ちっちゃいな〜」と眺めることはこれまでもあったし、今でもある。考える限り、盗撮ってこの延長線上にあるものだと思うので、なんというか今回の男性の気持ち、ちょっとわかる気がしてしまう。こんなことするなんてあり得ない!信じられない!という感じは全然なくて、むしろわかるな……こうなっちゃうかもしれないな……という感覚。


スマートフォンの取り合いをしていた最中、男性がじっと僕の目を見て「今回だけだから」と言った時、正直かなり気持ちは揺らいだ。僕も魔が差しに差しまくったら、こういうことをしかねないと思ってしまった。もし自分がこの人だったら、本当に心の底から許して欲しい、見逃してほしいと思うだろうし、なんならおまえもわかるだろ、同類だろと訴えかけることもしたかもしれない。

相手は怖いし、でも気持ちはわかるし、正直「追いかけたけど取り逃しちゃった」ことにして、厳重注意で見逃してもいいんじゃないかと思いかけた。

相手が「二度とやらないから許してほしい」と訴えてきた時、僕は「許す許さないは僕が決めることじゃないので!駅に戻りましょう!!」と答えたんだけど、それが結構本心に近いな、とあらためて思う。言葉通り僕が許すとか許さないとかを判断する立場にないというのもあるけど、それ以上に「絶対に許さないぞ!」とまでは思えなかったからこそ、他の人に判断を委ねて自分が責任を負うことから逃げてしまった。


僕の中ではこの話、100%純粋な正義感で極悪非道の盗撮犯をとっ捕まえた武勇伝ではなく、偶然現場に居合わせて捕まえてしまったから引き渡しただけのことで、あの時思ってしまったこと、自分がとった言動を思うと反省するところしかない。

勝手に絆されて説得されて、自分の中の欲求と共鳴させて、性犯罪の共犯になりかけたのだ。今回たまたま踏ん張れただけで、いつそちら側に行ってもおかしくない。


今回警察からもらった5,000円は、もらう資格もないぐらい悪い思いがよぎったのもあるし、自分が負けかけた戒めにもなるので、使わずに取っておいている。

こんなこと何度も起きてほしくはないけど、もしまた同じようなことがあれば、次こそは100%純粋な正義感で犯人と相対することができればいいなと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とまあ綺麗な話にもできるけども、さらに色々考えて思ったのが「自分の人生棒に振るほどの他人っているか?」ということだ。

あの男性にとって被害者の女性がどう見えて、どういう状況だったのかはわからないけど、こうして捕まったことで何かしらの罰はあるし、前科はつくし、この先の人生の障害になることは間違いない。それを加味してもなお手を出さざるを得ないほどの異性って、まあいないと思う。

僕はどんな相手にも自分の人生を奪われたくないので、あの一件以降、他人に狂いそうになった時は「自分の人生賭けられるほどなのか?」と考えるようになった。心の中でこのワードを唱えれば、大抵のグラビアページは色をなくし、ゼロイチファミリア所属タレントのフォローは外し、Fantiaは退会し、LINEの会話は終わってしまう。それでもなお残るものだけ、自分が本当に求めているものとして愛していけばいいのだ。

 

これを見ている人も、ぜひ衝動的なアクションに出る前に一度立ち止まって「本当に自分の人生賭けられるほどの相手なのか?」を考えてみてほしい。そして他人のために生きず、自分のために生きてみよう!!