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世の中で一番落ち着くのが、自宅のトイレ。

最近はあからさまにそうで、初めての場所に行ったり親と先々のことを話したりなかなかない頼まれごとがあったりして普段使わない頭を使ってまあまあすり減ってたので、一人で疲れたい時には他の家族が入らない頃合いを見計らってたっぷりトイレに入っていた。休憩のつもりで。

便座を温めようと思った人間はきっと幸せに生きたと信じたいぐらいには温かい便座が好きで、それは便座ぐらいしか自分に対して温かいものがないというのもある。近頃は冷えてきたので外気を取り込もうと窓を開けると、顔は冷たく下半身は温かい。これって露天風呂かトイレぐらいでしか味わえない。

 

小さい頃からトイレは好きで、入ってる限りは一人の時間を確保できるのがよかった。
あんまりゲームを買ってもらえる家ではなかったしテレビもたしか制限があったので、幼稚園の頃は家にあった本、小学校の頃は図書室で借りられた本でエンタメを確保するしかなく、汚い話、基本的にこういう本を読んでたのもトイレだった。

 

きたやまようこの「ゆうたくんちのいばりいぬ」ってシリーズがあって、たしかその中の「りっぱな犬になる方法」って本がうちにあった。まあまあシュールな内容なのでよくわかってなかった時期もあったんだけど、自分の知識が増えていくにつれて解釈もできてくるので結構長く読んでいた。これはたまたま思い出して懐かしいというだけの話です。

読書について言うと、小学校5年ぐらいのときに『ドラゴンラージャ』ってシリーズを読んで、この読書体験がたぶん人生で一番デカい。ヤングアダルト小説っていう『デルトラ・クエスト』とか『ダレン・シャン』とかと一緒のカテゴリーに入るやつだと思うんだけど、読んだって人をそんなに見ないのであんまり話ができなくて寂しい。

本当に好きだったので全12巻を買ってはみたものの正直今でも読むのは疲れそうなぐらいの話で、民族と階級社会と宗教と戦争を一面からのみ捉えようとすることを何度も登場人物に否定される。これを早いうちに読んでたことは割とためになってるのかもしれない。ためにしようとする読書はあんまり好きじゃないけど。

 

この本の3巻ぐらいで、「主人公(17)がある作戦のために酒場の下女(15)をベッドに引きずり込んだら下女が恥ずかしがりながらも意を決して脱ぎだす」みたいなシーンがある。まだ性知識のセの字も頭になかった小学生の自分は「一緒にベッド入ってもらうだけで何をこんなに慌ててるんだろう」とか「この女はなんで脱ぎだしたんだろう」とか思ってたんだけど、これセックスの前触れだったんだと気づいたのは中学入ってからだったかなあ……。
セックスを知る前に自分の前にセックスが現れていたという話です。アニメポケモン第1話でカントー編なのにホウオウでちゃってましたみたいな。